親鸞聖人の下山

親鸞聖人は9歳から20年間を比叡山で過ごしたと伝えられています。ただし何者かになる期待をされていたわけでもなく、また自分の道に自信をもって修行をしていたわけでもなかったようです。

『論語』の言葉に「三十にして立つ」とあります。これは自分は30歳には学問の確立ができ、もはや誰に師事することなく独立したという、孔子(こうし)が自分を振り返った言葉です。現代でも30歳といえば、親から独立し、生涯携わる仕事なり道に自信を持てる年齢と言えます。逆に30歳にもなり、まだふらふらとしていたら、親は心配でしょうし、自分でもつらい焦燥感をかかえるでしょう。

親鸞聖人はその30歳を目前に比叡山を下りました。それは大変な出来事だった思われます。子どもの頃から邁進してきた道をあきらめ、そこから下りるのですから、大きな挫折感を味わられたでしょう。思い描いてきた人生設計が瓦解するのですから、これは大きな絶望だったでしょう。かといってそれまでの歩みを否定し、いまさら新しい人生を作り出そうとする希望もなかったかと思われます

六角堂 頂法寺

六角堂 頂法寺

生きた屍(しかばね)のような親鸞聖人がたどり着いたのが、都の中心にある六角堂(ろっかくどう)でした。六角堂のご本尊は観音菩薩(かんのんぼさつ)です。観音といっても、それは聖徳太子のことです。文字どおりどこにも行き場はなくなった親鸞聖人は、太子の膝元にすがるようにしてたどりつかれ、そこへ百日間お参りし続けることを決意します。きっと聖人は、人生をあきらめる前に、そこで何かをつかみたかったのかと思われます。