長崎平和の鐘 つきました
本日8月9日の11時2分に、長崎平和の鐘を有志の方とつきました。
この日は30分前に本堂で副住職が法話をしました。
核抑止論の要は「核兵器を相手も使わないと信じること」だそうです。相手が核を使わないかどうかは保証しようがない。だから皮肉にも相手が核を使用しないことを信じることが前提なのが核抑止論であると、ある国の大使が述べていました。では仏教ではその「信」をどのように考えてきたのか、それを「心澄浄(しんちょうじょう)」などの定義をご紹介しながらお話ししました。
じょうぐうじ、浄土真宗、親鸞、念仏、三河、聖徳太子、佐々木月樵、三河一向一揆、如光
本日8月9日の11時2分に、長崎平和の鐘を有志の方とつきました。
この日は30分前に本堂で副住職が法話をしました。
核抑止論の要は「核兵器を相手も使わないと信じること」だそうです。相手が核を使わないかどうかは保証しようがない。だから皮肉にも相手が核を使用しないことを信じることが前提なのが核抑止論であると、ある国の大使が述べていました。では仏教ではその「信」をどのように考えてきたのか、それを「心澄浄(しんちょうじょう)」などの定義をご紹介しながらお話ししました。