墨跡「久遠劫」
佐々木月樵『歎異抄』第九章教言 〜本願のたのもしさよ〜
【原文】
久遠劫(くおんごう)より今まで流転せる苦悩の旧里はすてがたく、
いまだ生まれざる安養(あんにょう)の浄土はこいしからずそうろうこと、
まことによくよく煩悩の興盛(こうじょう)にそうろうにこそ。
【現代語訳】
久遠の昔の時より今現在に至るまで、流転を繰り返している、この苦悩の故郷は捨てるのには惜しく、まだ生まれてもいない阿弥陀仏に安らかに養われる浄土は、恋しいとも思えない。〔そのようなことを思ってしまうのは、〕実に我々の煩悩が強く盛んに興ってくるからである。
【解説】
上宮寺四十八代佐々木月樵が『歎異抄』第九章を変体仮名にて拝書したものです。元の『歎異抄』は仮名交じりの書ですが、月樵はそれを漢字(変体仮名)を当てています。例えば「久遠劫与梨今末転流転世留」は「久遠劫より今まで流転せる」と読めます。月樵の書と原文とを見比べてみてください。
『歎異抄』は親鸞聖人の直弟子唯円が、聖人の教えを後世に間違いなく伝えることを目的に編纂した書です。これは親鸞聖人の言行録であり、またそれをもとに当時の念仏の教えの乱れを批判した書です。「異なるを歎く」という書名通り、親鸞聖人の言われてもないことが言い出されている状況を、悲しみをもっていさめています。月樵の墨跡はその第九章からで、他の手紙等にも見てとれることから、月樵はこの教言から特に聞きとるものがあったものと思われます。
第九章は念仏が喜べないという問題に、親鸞聖人が応えている章です。ある時弟子の唯円が、「私は念仏をしても喜べないし、浄土にも往きたいと思えません」と聖人に告白されます。すると聖人は意外にも「私も同じだ」と応え、その理由は、我々が煩悩ある凡夫であるからだと言われました。月樵が拝書した部分は、聖人がそのように自分を誠実に語った箇所です。
『歎異抄』では続いて次のように聖人が語られています。「そのような悲しい凡夫を、阿弥陀仏はすでに知り尽くされておられるのです。だから我々が念仏を喜べないことは凡夫の証明なのです。だからこそ我々は阿弥陀仏の本願にたすけられる身だとよくわかるのです」と。この親鸞聖人のように、かっこをつけず、赤裸々な凡夫の自分自身に立てるのが、浄土真宗の救いなのです。